星屑シュノーケル

ただの任天堂ファンのブログです。

この手を伸ばす責任【小説】

あらすじ

ユニット「Z-Runner」を結成し数カ月。普段とは様子が異なる八千代を見た小夜は、初めてチームを組むことの意味を考える。自分のために作られたユニットを存続させるため、自分が果たすべき”責任”とは。

 

登場人物

・神無月小夜:会話は無駄だと思っているが、仲間には意外と話してくれる。根は優しい。

・本間八千代:表ではフランクだが、昔に色々あって人との距離感を掴めていない。

・森麻友紀:天才気質な女子高生。ユニット内では一番落ち着いている。

・安次富槙:ユニットの黒一点。真面目だが冗談が通じない。

・事務長:ソシャゲでいうプレイヤー的立場の人。

・プロデューサー:本編では出てないが本名は重輝太。

本編

このユニットを結成したのは、「ダンスを諦めたくない」という小夜の情熱に感心したプロデューサーによるものだった。

プロデューサーが紹介した3人は、小夜の目から見ても確かなものだった。

 

森麻友紀。彼女はダンスというよりは、体の動かし方を理解している。おそらく、元々運動神経が良い。

何も言わなくても、彼女はそつなくこなしてくれるだろう。今まで小夜が見てきた他のダンサーよりも秘めた才能の持ち主だと確信できた。

 

安次富槙。彼はダンス未経験と聞いていたが、短い期間であれほど踊れるようになっているのは想定外だった。

まだ完璧の出来とは言えないが、努力すればもっと彼は上に行ける実力を持っていると感じられた。

 

そして、本間八千代。彼女もダンス未経験と聞いていたが、その軽やかな動きには才能を感じられた。

森麻友紀と比較すると実力の点ではまだ伸び代があるが、何よりも踊っている際の表情が楽しそうだった。彼女なら、ダンスを好きになってくれる。

 

この3人と共に歩めば、必ず頂点を取ることができる。小夜は、諦めろと言われた夢を再び追いかけることができるのだと、熱い思いが込み上げていた。

しかし、そんな中でひとつだけ気になる点があった。

それは、八千代の性格についてだ。一度会話した際には、かなりフレンドリーで距離が近く、言うなれば関西人っぽい性格だと思っていた。

だが、プロデューサーが言うには「繊細な心の持ち主」だと。とてもそうは見えなかったが、その違和感が心残りだった。

 

ユニットを組んで数ヶ月。チームとして活動できるように、ダンスのレッスンを定期的に行っていた。

3人とも乗り気であり、向上心が高かった。彼女たちに応えようと、厳しくも適切なアドバイスを伝え、小夜は3人と向き合った。

今まで自分は独りだと思っていたが、改めてチームと組むことで新たな発見を得ることもあった。

複数人で踊る際には、各々が自由に動いていると統一感がなくなってしまう。かといって、一番レベルが低い人に合わせると地味な印象を与えてしまう。

トップを目指すには、もっと3人に実力を身につけてもらわないといけない。だから、自分が教える立場としてもっと表現できるようにならなければ。



いつも通りレッスンをした後、何かが少し違うことに小夜は気づいた。

 

「小夜、お疲れ。」

麻友紀が制服に着替え、帰宅しようとドアの近くから自身に向けて手を振る仕草をした瞬間。そこにはいつもいたはずの八千代がいなかった。

普段は麻友紀がすぐに帰り、その数十分後くらいに八千代が帰る。槙は今日の確認したいからと、帰りが遅いのは日常茶飯事だ。

 

「槙。……八千代はどこ」

槙と小夜だけの空間。ひたすらノートに反省事項を記入している槙に八千代のことについて聞いてみることにした。

 

「ん、ああすまない。八千代か?レッスンが終わった後すぐにどこかに行ったようだが」

「……そう」

思えば、今日は少し様子がおかしい気がしていた。ダンスをしている時はいつも通りの八千代だった。アドバイスをしている時も、いつものように軽く流すような返答だった。しかし、その隙間の一瞬。踊らない、何もしない瞬間だけ、表情が曇っているように見えた。一瞬だけだったので、気のせいだと思っていたが、本当にそうなのだろうか。あの時の違和感がまた蘇る。



その次の日。悩むより行動する派の小夜は、八千代に直接聞いた。

 

「八千代。何か不満?」

「えっ不満?!嫌やな〜ウチそんなやな奴に見える?」

「…表情。いつもより暗い」

「………そんな事ないで」

八千代から動揺が見えた。やはり、何か隠している。

 

「…だったら今。踊って」

「サヨ、なんかいつもと雰囲気違うで?」

「いいから」

いつもと違うのはそっちの方だ。名前はサヨじゃなくてコヨルだ。などは言う必要がないと思ったので、言わなかった。

生まれてから15年間。ずっとダンスと共に生きていた小夜にはわかっていた。昨日とは違う、踊りの雰囲気。何かを隠そうとして、それを隠しきれないでいる。そのせいで、動きが硬くなっている。軽やかな踊りが特徴的な八千代にはそれがわかりやすく露呈している。致命的だったのは、踊っている時の表情だ。楽しそうにしていたあの顔から、笑みは消えていた。

まるで、何かに追い詰められているような。

 

「やっぱ、ウチなんてまだまだやろ?アドバイスもらってるのに全然改善できてへんし…」

「だから?」

踊った後、言い訳をこぼす八千代。

 

「だから、踊れないの?」

「踊れないって、さっきも言ったやろ。ウチができひんから…」

「言い訳つけて、逃げる奴なの 八千代は」

小夜は挑発的な態度で八千代に問い詰める。

後ろで自主練をしていた槙と麻友紀にもこれは良くない雰囲気かもしれないと感じていた。

 

「─っ!違う!ウチはただ追いつきたくて…」

「………」

「でも、何度やってもダメで、ウチに才能なんてないんやって…わかんない、わかんないよ。今までどうやって踊っていたのか、わかんない」

八千代は混乱していた。ダンスは楽しいはずなのに、上手くできない自分がいることに。それでも、迷惑をかけまいと隠していたのだ。

静寂が訪れた。真面目で喧嘩を見たらすぐ間に入る性格の槙にとっても、ここに口出ししてはいけないことは察することができた。八千代から言葉を誘い出した小夜も、何も言わない。

 

「ごめん。先帰る」

そう言って八千代はそのまま帰ってしまった。あの時の違和感に正体。距離が近いくせに、繊細な性格。小夜はその時初めて、チームを組むということの壁に立ち塞がれたのだ。



あれから数日経ったが、八千代がレッスンに来ることはなかった。

 

「とりあえず今日も自主練で行く?進行状況バラバラっぽいし、合わせるのは後からでも大丈夫だと思うけど」

「僕はそちらの方が助かる。まだ出来ないパートがあるから、麻友紀が教えてくれないか」

「ん、いいよ。…小夜も無理しないでね」

「……ああ」

槙も麻友紀も八千代のことを気にかけていたが、小夜のことも心配だった。あの日、本音を打ち明けた八千代に何も言わなかったのは、あえてではない。何も言えなかったのだ。

 

「(わからないのは、自分の方だ)」

今まで、独りで登り詰めていた。常に技術を追い求め続けていた小夜には、立ち止まったり逃げたりという選択がなかった。できなくても、やるしかない。上手くなるしかない状況だった。だが、八千代は違う。元々ダンス未経験の人に、無理矢理自分の価値観を押し付けるのも良くない。彼女にどう声をかければ良いのか、小夜はわからなかった。



槙と麻友紀が自主練し始めたのを見て、小夜は別の部屋に向かう。

 

「何か御用ですか?」

この小さなアイドル事務所の事務員と我々のマネージャーを務めている事務長は、小夜がノックもせず事務室に入ってきたのを見て、パソコンから視線を外す。

 

「…八千代さん、最近来てないみたいですね」

事務長も大体の事情は掴んでいた。プロデューサーとは昔からの知り合いということもあり、情報共有を積極的に行なっていたので、八千代の境遇についても察しはついている。

 

「聞きたいことがある。八千代のこと」

「…小夜さんはどこまで知っているんですか?」

「昔、色々あってあだ名呼びしてるってことは。プロデューサーから」

八千代は、誰に対しても独自のあだ名で呼ぶ。小夜のことを「コヨル」ではなく読み方を変えて「サヨ」と呼ぶように。初めは指摘しようと思っていたが、元々言うだけ無駄だと思っていたので気にしていなかった。

 

「そうですか。でも、これ以上話すと彼女のプライバシーの話にもなりますから」

「…そう」

断られることは重々承知していた。

 

「……小夜さんは、彼女を連れ戻したいのですか?」

事務長からの思いもよらない問いかけに、小夜は不意をつかれた。自分は彼女を連れ戻したい?たしかに、メンバーが1人いなくなったのなら、残りのメンバーだけでできるように調整すればいいだけだ。自分にはそれができる。なのにどうして、わざわざ事務長に相談しようと思ったのだろう。

 

「…わからない。ただ、八千代を選んだのは自分だから。」

「小夜さんは、責任感が強いんですね」

責任か、と小夜は誰にも聞こえないくらいの声量で呟く。プロデューサーが紹介してくれた3人は、運動神経は高いといえども全員ダンス初心者だ。だからこそ、自分が育てなければいけない。3人とも、自分の持っていないものを持っている。だからこそ、選んだのだ。小夜は、八千代にそれを伝えなければいけないと無意識に感じていた。

 

「詳しい話は本人と会って話し合った方がいいと思います」

「わかってる。」

「…でも、小夜さん彼女のいる場所ご存知ないですよね?」

「………何が言いたい」

事務長は、小夜の目を見て提案した。

 

「行きましょう、八千代さんの家に」



小夜がレッスン室から戻ってきた頃には、およそ1時間が経過していた。

 

「麻友紀、槙。ちょっといいか」

「ああ、問題ない。丁度休憩の時間にしよう思っていたところだ」

「小夜、どこ行ってたの?」

今までの小夜は、冷徹で厳しい顔つきをしていた。だが、この時の小夜の雰囲気が少し違うことに気付いた2人は、真剣な表情に戻った。麻友紀はその表情を見て、年相応っぽい顔してるのを久々に見たかもと思っていた。

 

「……八千代に会ってくる」

「八千代に?」

槙が聞き直すと、小夜はそのまま言葉を続けた。

 

「…自分、コミュニケーションとか苦手。無駄だと思ってるから。だから、教えて欲しい」

「小夜は、戻ってきて欲しいと思ってたんだね」

麻友紀が尋ねると、小夜は少し照れ臭そうに帽子を深く被せて視線を逸らした。

 

「思ってること、そのまま言ったら?その思いが無駄なんてことはないと思うし。ね、槙」

「ん、ああ。情報共有は大事だな」

そういう意味じゃないけどなぁと苦笑いしながら、麻友紀は一息ついて続けた。

 

「あたしさ、何でだろうって思ってたんだよね。私達がこのユニットに選ばれたの。でもさ、小夜の踊り見て、自分もついて行きたいって思った。」

「…僕も、ダンスは未経験なので、足手纏いになるかもしれないと考えていた。だが、それ以上に小夜に応えたいと思った。」

初めて、2人から想いを聞くことになった。小夜は、意外だと感じていた。本来、このユニットは自分のために結成されたものだった。だから、3人はどちらかというと巻き込まれてしまった立場である。それでも、2人は自分に付いていきたいと言ってくれた。

 

「きっと、八千代もそう思ってるよ」

そんな2人のためにも、これ以上心配はかけたくない。そして、八千代にもダンスを嫌いになってほしくない。これが、夢を追う責任と言うのなら。彼女に手を差し伸べなければ。



『今から小夜さんと一緒に家に向かいます。良ければお話しいただけると』

事務長から来たメッセージを見たものの、八千代は返事もする気も、部屋を片付ける気も起きなかった。

また、迷惑をかけてしまった。自分のめんどくさい性格で、小夜達を混乱させてしまった。そんな自分自身が許せなかった。本当はレッスンに行かないといけないのは分かっている。しかし、この状態で行っても余計に負担になってしまう。もう何もしないほうが良いのかなと自暴自棄になっていた。

チャイム音が部屋に鳴り響いた。本当は会わせる顔もなく無視しようかと思ったが、わざわざ来てくれた小夜にも失礼だ。

 

『鍵空いてる』

小夜の携帯からメッセージが届いた。八千代からのものだった。試しにドアノブを握ると、それは確かに開いた。カーテンで閉め切っているのか、昼なのに中は真っ暗だった。

その先には、体育座りの八千代がいた。

 

「八千代。戻ろう」

「サヨ、もうええて。ウチには才能がないんだ。もう続けられへん。」

「………」

また、言葉が出ない。

 

「これ以上ウチに構わんといて!これ以上迷惑はかけたくないねん!」

「…迷惑なら、かければ良い」

「え…?」

八千代に伝えなければいけない。必要なメンバーであるということを。この重い口を開き、思ったことを全てぶつけなければ。

 

「八千代には才能がある。」

「でも、ウチは…」

あの時確信したのだ。ダンスの才能は実力だけで示されるものではない。ダンスへの想い、表情。それが欠けていれば自ずと踊りに欠陥が出る。登ることに必死で、挫折してしまった過去の自分のように。

 

「初めて八千代の踊りを見た時、自分にはないものを感じた。誰よりも楽しそうな顔をしていた。アイツなら、ダンスを好きになってくれるって。だから自分は選んだ」

「……」

ダンスをしてみて、楽しいと思えたのは事実だった。体を動かすことで、今までぐしゃぐしゃしていた頭の中がスッキリしたような気分になったからだ。小夜と出会って、ダンスが好きになれるかもしれない。だが、周囲と一緒にやるとなれば迷惑をかけるかもしれない。それがとてつもなく怖い。

「八千代にその道を示したのは、自分。だから、責任取る」

「で、でもな。昔それで失敗したんや。距離が近い、迷惑だって。だから…人に依存しすぎたら良くないって…ずっとそう思ってた」

小夜の言葉に対し、八千代は戸惑いと葛藤が入り混じった表情を浮かべた。

 

「なら、その責任も取る。依存したいならすればいい」

その言葉は、八千代にとってこれ以上ない救いの言葉であった。過去のトラウマで、人との距離感がわからなくなってしまった。もう一歩踏み出すことに恐怖を感じていた。それでも、受け入れてくれると言うのなら。

 

「だから、戻って来てくれないか」

小夜は手を差し出す。少しの静寂の後、八千代は深く頷き、その手を掴んだ。

小夜は、さらに強く握る。もうこの手を離してはいけないのだと。ダンスの道を示し続けなければいけないのだと。八千代だけでなく、槙や麻友紀にも。自分の夢に巻き込んでしまった3人への責任は、これほどまでに重いものなのだと実感した。

 

「サヨ。ホンマごめん…」

「………『コヨル』。自分の名前」

改めて訂正するようにと小夜は言った。それは、八千代のことを受け入れるという返答を意味していた。本名で呼ぶと、距離を過度に縮めてしまうかもしれないという八千代の不安に、応えたいと思っていた。

 

「……小夜」

それが嬉しくて、たまらなくて。思わず八千代は抱きついてしまった。本当は泣いている顔を見せたくなかっただけかもしれないけど。

小夜は何も言わず、深く目を閉じた。独りでは成し遂げることができなかった、夢の先へ。何としても実現して見せようと、覚悟を決めたのであった。